ERPや基幹システムの刷新は、製造業のDXを進めるうえで重要な取り組みです。
受注、生産計画、調達、在庫、製造、出荷、売上、会計など、企業のさまざまな業務を一つの仕組みでつなぐことができれば、業務効率化やデータ活用、経営判断の迅速化につながります。
しかし、その一方で、ERPや基幹システムの切り替えは、会社の事業そのものに大きな影響を与えるリスクもあります。
今回取り上げるのは、日本を代表する産業用ロボット・FA機器メーカーである安川電機です。
安川電機は2026年、経営基盤の強化を目的として基幹システムをSAPのS/4HANAへ移行しました。
ところが、本番移行後には生産への影響が想定以上に大きくなり、2026年度第1四半期の生産稼働率は全体で75%弱まで低下しました。
さらに、安川電機は基幹システム移行による生産利益への影響を約25億円と説明しています。
注目すべきなのは、今回の問題が単純な「システム停止」ではなかったことです。
安川電機の説明によれば、S/4HANAのシステム自体はほぼ安定稼働していました。
それにもかかわらず、新しい基幹システムに業務を合わせていく過程で運用上の問題が発生し、一部の生産ラインを停止して業務を見直す必要が生じました。
この安川電機のERPトラブルは、これからSAP S/4HANAへの移行や基幹システム刷新を検討する製造業にとって、非常に重要な教訓を含んでいます。
本記事では、安川電機が公表した決算資料や決算説明会の質疑応答をもとに、何が起きたのか、なぜ生産にまで影響したのか、そしてERP導入企業が何を確認すべきなのかを考察します。
なお、ERPそのものの基本的な仕組みについては、こちらの「ERPとは?意味・機能・導入メリットをわかりやすく解説」でも詳しく解説しています。
また以下は今回の内容をまとめたYouTubeとなります
安川電機とはどのような会社か
安川電機は1915年創立の日本を代表する産業用電機メーカーです。
主力となっているのは、ACサーボモータやインバータなどのモーションコントロール事業と、産業用ロボット事業です。
自動車、半導体、電子部品、工作機械、物流、食品など、世界中のさまざまな製造現場で安川電機の製品が利用されています。
特に産業用ロボットやサーボモータの分野では世界的にも高い競争力を持っており、製造業の自動化を支える企業の一つです。
つまり今回の基幹システム刷新は、単純な会計システムの入れ替えではありません。
グローバルに展開する製造企業の受注、生産、在庫、出荷などを支える、事業の中枢に関わるシステム移行でした。
安川電機はSAP S/4HANAへ基幹システムを移行
安川電機は以前から、デジタルを活用した経営改革を「YDX(YASKAWA Digital Transformation)」として進めてきました。
その中でも大きなテーマとなったのが、基幹システムの刷新です。
安川電機は2026年7月の決算説明会で、S/4HANAへの移行について、YDXプロジェクトのメインテーマとして約3年前から準備してきたと説明しています。
SAP S/4HANAは、SAPが提供する代表的なERPです。
会計だけでなく、販売、調達、在庫、生産など企業の主要業務を統合的に管理することができます。
大企業を中心に利用されてきたSAP ERPですが、旧世代システムからS/4HANAへの移行は、多くの日本企業にとって重要な経営テーマとなっています。
安川電機も、こうした大規模な基幹システム刷新に取り組んでいました。
2026年のゴールデンウィークに基幹システムを切り替え
安川電機は2026年のゴールデンウィーク期間中に、S/4HANAへのシステム切り替えを実施しました。
基幹システムの切り替えを大型連休中に行うこと自体は珍しいことではありません。
通常営業日より業務量を抑えやすく、新旧システムの切り替えやデータ移行に一定の時間を確保できるためです。
実際、安川電機製品を取り扱う販売会社などからも、基幹システム変更に伴って注文受付や出荷を一時停止する案内が出されていました。
つまり、何の準備もなく突然システムを変更したわけではありません。
約3年前からプロジェクトを進め、事前テストを実施し、連休を使って本番移行するという計画的なプロジェクトでした。
それでも、本番稼働後には想定以上の影響が発生しました。
安川電機の基幹システム移行から正常化までの時系列
ここまでの経緯を整理すると、安川電機のSAP S/4HANA移行は、システム切り替え直後に全面的なシステム障害が発生したという単純な事例ではありません。
約3年前から準備を進め、2026年のゴールデンウィークに新しい基幹システムへ移行しましたが、その後、新しいシステムに合わせて実際の業務を動かしていく過程で想定外の運用課題が表面化しました。
安川電機が公表した情報などをもとに、基幹システム移行から生産への影響、その後の正常化までの流れを時系列で整理します。
約3年前:SAP S/4HANAへの移行準備を開始
安川電機は、YDX(YASKAWA Digital Transformation)プロジェクトのメインテーマの一つとして、SAP S/4HANAへの基幹システム移行を約3年前から準備していました。
システムを単純に入れ替えるだけではなく、基幹システムに合わせて仕事の進め方そのものを変更する必要があるため、事前テストを含めて慎重に準備を進めていたと説明しています。
2026年4月:システム切り替えに向けて受注・出荷を一時停止
2026年4月には、安川電機製品を取り扱う販売会社から、基幹システム切り替えに伴う注文受付や出荷の一時停止が案内されました。
販売会社の案内では、4月22日を注文受付の一区切りとし、5月7日以降に受付を再開。出荷についても4月23日から5月17日まで一時停止し、5月18日から再開する予定とされていました。
大規模なERP・基幹システム刷新では、新旧システムの切り替えやデータ移行のため、こうした計画停止期間を設けることがあります。
2026年ゴールデンウィーク:SAP S/4HANAへ切り替え
安川電機は2026年のゴールデンウィーク期間を利用して、基幹システムをSAP S/4HANAへ切り替えました。
安川電機によれば、切り替え後のシステム自体は「ほぼ安定稼働」していました。
つまり、今回の問題はSAP S/4HANAが全面的に停止したというものではありません。
2026年5月:運用面の問題が表面化し、一部生産ラインを停止
問題が表面化したのは、新しい基幹システムを実際の業務で使い始めてからでした。
安川電機は事前にテストを重ねていましたが、実際に運用すると、テスト段階では分からなかった課題が発生しました。
そのため5月には一部の生産ラインを停止し、業務運用の見直しを行いました。
顧客への製品供給を優先するため、一部では人手による対応も行いながら、生産への影響を抑える取り組みが進められました。
2026年3月~5月:第1四半期の生産稼働率は75%弱に
基幹システム移行による影響は、2026年度第1四半期の業績にも表れました。
安川電機によると、第1四半期の生産稼働率は全体で75%弱となりました。
モーションコントロール事業では75%を上回った一方、ロボット事業では75%を下回っています。
また、基幹システム移行による生産利益への影響は25億円と説明されています。
さらに会社側は、基幹システムがスムーズに立ち上がっていれば、第1四半期の売上について30億円程度の上積みができた可能性があるとの見方を示しました。
2026年6月:生産状況が5月から大幅に改善
一方、基幹システム移行後の問題は徐々に改善していきました。
安川電機によれば、6月の生産状況は5月と比較して大幅に改善しました。
新しい基幹システムを使った業務の中で課題が明確になり、その一つひとつに対応していったことで、生産能力も回復へ向かいました。
2026年7月:概ね正常な生産水準まで回復
7月10日の決算オンライン説明会で、安川電機は7月には生産が概ね正常な水準まで回復していると説明しました。
第1四半期には75%弱まで低下していた生産稼働率について、第2四半期以降は85~90%まで引き上げ、その後は生産能力の増強によって100%を超える水準を目指す方針を示しています。
2026年8月:システム安定稼働を目指す
安川電機は2026年7月10日時点で、8月には基幹システムの安定稼働を実現できる見通しを示しています。
今後はモーションコントロール事業とロボット事業の双方で、新しい業務運用を定着させるとともに、生産能力を回復・増強し、好調な受注を売上へつなげていく方針です。
なお、8月に実際に安定稼働が完了したかについては、今後の安川電機の公式発表や次回決算で確認する必要があります。
安川電機のERP移行を時系列で見ると何が分かるのか
この時系列を見ると、安川電機の基幹システム移行では、「システムを切り替えた瞬間に大規模障害が発生した」という構図ではないことが分かります。
システム自体はほぼ安定して動いていたものの、新しいERPに合わせて実際の業務を動かした際に、事前テストでは把握できなかった運用上の問題が発生しました。
そして、その問題が生産ラインの停止、生産稼働率の低下、利益への影響へと波及しています。
一方で、5月に問題を洗い出し、6月に生産状況を改善、7月には概ね正常水準まで戻すという形で、段階的に正常化を進めました。
この流れは、ERP導入では「本番稼働日」がプロジェクトのゴールではなく、稼働後にどれだけ早く問題を発見し、業務を安定させられるかが重要であることを示しています。
システムは動いていた。しかし生産現場が予定通り動かなかった
今回の安川電機の事例で最も重要なのが、この点です。
安川電機は決算説明会で、基幹システムについて「システム自体はほぼ安定稼働している」と説明しています。
つまり、システムが全面的に停止してログインできなくなったという障害ではありません。
問題が発生したのは「運用面」でした。
新しい基幹システムへの入れ替えによって、従来の仕事の進め方が大きく変わりました。
安川電機では事前にテストを重ねていましたが、実際の生産現場で新システムを利用すると、事前には把握できなかった問題が発生したと説明しています。
そのため、2026年5月には一部の生産ラインを停止し、運用の見直しを行いました。
さらに、顧客への供給を最優先するため、一部では「人海戦術」を使いながら対応したことも明らかにしています。
ここに、ERP導入や基幹システム刷新の難しさがあります。
システムが正常に動くことと、そのシステムを使って現場の業務が正常に回ることは、同じではありません。
ERPトラブルで第1四半期の生産稼働率75%へ。安川電機の株価急落の原因に
基幹システム移行の影響は、安川電機の生産にも具体的に表れました。
安川電機によれば、2026年度第1四半期の生産稼働率は、全体で75%弱でした。
モーションコントロール事業では75%を上回った一方、ロボット事業では75%を下回りました。
第2四半期以降については85~90%まで稼働率を引き上げ、その後100%を超える水準を目指すとしています。
ここで重要なのは、需要そのものが大きく落ち込んでいたわけではないことです。
2026年度第1四半期の受注は、前年同期比29%増、前四半期比8%増となりました。
半導体製造装置向けを中心に需要は強く、サーボとロボットでは四半期受注額が過去最高を更新しています。
つまり、「売れなかったから生産を減らした」のではありません。
受注は好調だったものの、基幹システム移行後の生産制約によって、受注を十分な生産・出荷・売上へ結び付けることが難しくなったという状況です。
また株価も一連の報道を受けて急落。ERPトラブルが経営に与えるインパクトが大きくわかる出来事になりました。
基幹システム移行による生産利益への影響は25億円
安川電機は、基幹システム移行による第1四半期の生産利益への影響を25億円と説明しています。
内訳は、モーションコントロール事業が15億円、ロボット事業が10億円です。
ここで注意したいのは、この25億円が「ERPの導入費用」ではないということです。
基幹システム移行によって生産性が低下したことによる「生産利益への影響」です。
一方、基幹システムそのものの導入コストについては、安川電機は減価償却費ベースで年間7~8億円程度、そのほか導入時に費用計上するものが約4億円と説明しています。
つまり、ERP導入ではシステムそのものに支払う費用だけを見ていてはいけません。
本番稼働後に生産能力や業務処理能力が低下した場合、その影響がシステムの直接的な導入費用を上回ることがあります。
ERP導入・基幹システム刷新で
お困りではありませんか?
現場混乱、要件整理不足、ベンダー任せの不安、運用定着の課題まで、実務を理解したメンバーが現状整理から伴走します。まずは現在の課題をお聞かせください。
無料相談するシステムが順調なら売上を約30億円上積みできた可能性
売上についても影響がありました。
安川電機は、基幹システムがスムーズに立ち上がっていれば、第1四半期の売上を30億円程度上積みできた可能性があるとの見方を示しています。
会社側は事前に基幹システム移行のリスクをある程度織り込んでおり、在庫を活用することで影響を抑えました。
それでも、生産面の制約がなければ、さらに高い売上水準を実現できたとしています。
ERP導入のリスクを考える際には、この「機会損失」の視点が非常に重要です。
ERPの見積書には、ソフトウェアライセンス、開発費、コンサルティング費用、保守費用などが記載されます。
しかし、実際にはその外側にさまざまなコストがあります。
- 生産量の低下
- 出荷の遅延
- 売上計上の後ろ倒し
- 工場稼働率の低下
- 現場担当者の追加作業
- 問い合わせ対応の増加
- 手作業による代替運用
- 取引先との納期調整
こうした影響まで含めて、ERP導入のリスクを評価する必要があります。
安川電機の2026年度第1四半期は増収減益
安川電機の2026年度第1四半期の売上収益は1,390億円となり、前年同期比10.6%増加しました。
一方、営業利益は85億円で前年同期比19.2%減少しています。
親会社の所有者に帰属する四半期利益も54億円となり、前年同期比21.7%減少しました。
もちろん、減益のすべてを基幹システム移行の影響と考えることはできません。
間接費の増加や、欧州ロボット事業の構造改革費用など、複数の要因が存在します。
そのため、「SAPを導入したから利益が25億円減った」と単純に表現するのは正確ではありません。
一方で、安川電機自身が基幹システム移行による生産利益への影響を25億円と具体的に説明していることは、ERP導入の事業リスクを考えるうえで非常に重要です。
なぜ3年間準備してもERP移行で問題が起きたのか
ここで疑問となるのが、なぜ約3年前から準備していたにもかかわらず、本番稼働後にこれほど大きな影響が発生したのかという点です。
公開資料だけから、具体的なシステム設計や個別の技術的原因まで断定することはできません。
安川電機も、SAP S/4HANAそのものに重大なプログラム障害があったと説明しているわけではありません。
むしろ会社側が説明しているのは、「仕事のやり方が大きく変わったこと」と「運用面で事前テストでは分からなかったことが発生したこと」です。
ここから、製造業のERP導入で注意すべきいくつかのポイントが見えてきます。
1. 「システムに業務を合わせる」ことは簡単ではない
安川電機は、運用面について「基幹システム側に仕事を合わせる必要がある」と説明しています。
ERP導入では、自社の業務に合わせて大量のカスタマイズを行うよりも、できるだけERPの標準機能を活用し、業務そのものをシステムへ合わせていく考え方があります。
一般的には「Fit to Standard」と呼ばれる考え方です。
ただし、安川電機が今回のプロジェクトについて正式に「Fit to Standard方式を採用した」と説明しているわけではありません。
ここで重要なのは、業務をシステムに合わせるという方針自体は合理的でも、実際の製造現場で仕事のやり方を変更することは非常に難しいという点です。
これまで現場判断で処理していた業務が、新しいERPでは異なる手順になるかもしれません。
承認方法、入力項目、在庫処理、生産指示、例外処理などが変われば、一つひとつは小さな変更でも、工場全体では大きな生産性低下につながる可能性があります。
2. テスト環境と実際の製造現場は違う
安川電機は事前にテストを重ねていました。
それでも、本番運用を始めてから「実際にやってみないと分からないこと」が発生したと説明しています。
ERPのテストでは、受注、在庫、生産、出荷、会計などの処理が正しく動くかを確認します。
しかし、実際の製造現場では大量の取引が同時に発生します。
さらに、納期変更、部品不足、数量変更、代替部品、緊急注文、優先順位変更など、多くの例外業務が発生します。
すべてのケースを本番前のテストで再現することは簡単ではありません。
「テストが成功したから本番も問題ない」と考えるのではなく、本番稼働後に想定外の問題が発生することを前提に準備しておく必要があります。
3. ERP導入はITプロジェクトではなく業務移行プロジェクト
ERP導入で変わるのはシステムだけではありません。
受注方法、生産計画、在庫管理、出荷処理、承認フロー、会計処理など、会社の仕事の進め方そのものが変わります。
つまりERP導入は、「旧システムから新システムへデータを移せば終わり」というプロジェクトではありません。
社員の業務を、新しい仕組みへ移行するプロジェクトです。
安川電機の事例は、この「業務移行」の難しさを非常に分かりやすく示しています。
江崎グリコや関西ペイントのERPトラブルとの違い
国内では、ERPや基幹システムの切り替えによって事業へ影響が出た事例が他にもあります。
代表的なのが、2024年の江崎グリコです。
江崎グリコでは基幹システム移行後に障害が発生し、チルド商品の受発注や出荷に大きな影響が出ました。
詳しくは「グリコERP失敗はなぜ起きたのか。江崎グリコの基幹システム障害から学ぶSAP S/4HANA導入リスク」で解説しています。
また、2026年には関西ペイントでも基幹システム更新に伴って一部製品の納品遅延が発生しました。
「関西ペイントERPトラブルの理由を考察!基幹システム刷新のリスク」では、稼働タイミングや受発注・物流への影響について詳しく整理しています。
海外では、化粧品大手レブロンでもSAP S/4HANA導入後に製造や出荷へ影響が出た事例があります。
「レブロンのSAP S/4HANA導入トラブルから学ぶ買収後システム統合のリスク」では、M&A後の業務統合とERP導入の難しさについて解説しています。
これらの事例と安川電機で異なるのは、安川電機の場合、システム自体はほぼ安定稼働していたと会社側が説明している点です。
それでも、業務運用の変更によって生産に大きな影響が発生しました。
このことからも、ERP導入において確認すべきなのは、システムの機能や障害だけではないことが分かります。
第三者視点で確認しませんか?
製造業がERP導入前に確認すべき7つのポイント
安川電機の事例を踏まえると、これからSAP S/4HANAへの移行や基幹システム刷新を行う製造業は、少なくとも次のポイントを確認しておく必要があります。
1. 実際の生産量に近い状態でテストしているか
単純に画面が動くかだけではなく、大量の受注、生産指示、在庫処理、出荷処理が同時に発生した場合でも業務が回るかを確認する必要があります。
2. 例外業務まで確認しているか
欠品、納期変更、数量変更、代替品、緊急注文、返品など、実際の現場で起きる例外処理をテストすることが重要です。
3. ERP導入後に変わる業務を現場が理解しているか
システムの操作研修だけでは十分ではありません。
なぜ業務が変わるのか、どの判断を誰が行うのかまで現場へ浸透させる必要があります。
4. 稼働直後の生産性低下を想定しているか
新しいERPへ移行すると、一定期間は業務効率が低下する可能性があります。
そのため、事前に在庫を積み増す、生産能力に余裕を持たせるなど、事業継続の観点から準備することが重要です。
5. 稼働後のKPIを決めているか
生産稼働率、受注処理件数、出荷件数、在庫差異、エラー件数などを定量的に確認し、問題の早期発見につなげる必要があります。
6. 代替運用を準備しているか
問題が発生した場合に、どの業務を手作業で処理できるのか、誰が顧客対応を行うのかなどを事前に決めておくことが重要です。
7. 本番稼働後の支援体制を確保しているか
ERP導入は、本番稼働した瞬間に終わるものではありません。
むしろ、稼働直後こそ最も多くの問題が発生します。
現場、IT部門、ベンダー、コンサルティング会社がすぐに問題を解決できる体制を準備しておく必要があります。
6月以降は生産状況が改善
一方で、安川電機の今回のS/4HANA移行を現時点で「ERP導入失敗」と断定するのは適切ではありません。
会社によれば、生産への影響は第1四半期を通じて段階的に改善しています。
6月の生産状況は5月から大幅に改善し、7月にはおおむね正常水準まで回復しました。
2026年7月10日時点では、8月にシステムの安定稼働を実現できる見通しとしていました。
また、基幹システム移行による受注停止は発生しておらず、納期を理由に顧客が発注先を変更する動きも確認していないと説明しています。
安川電機は2026年度通期について、売上収益5,800億円、営業利益600億円の業績予想を据え置いています。
今後は、基幹システムの安定稼働を定着させ、好調な受注を生産・出荷・売上へ確実につなげられるかが重要になります。
ERP導入は「システムが動けば成功」ではない
安川電機の事例から学べる最大のポイントは、ERP導入の成功基準を「システムが動いたかどうか」だけに置いてはいけないということです。
本当に重要なのは、新しいシステムの上で事業が正常に動くかどうかです。
受注が処理できるか。
生産計画を立てられるか。
必要な部品を調達できるか。
工場が予定通り生産できるか。
完成品を出荷できるか。
請求や売上計上が正しく行われるか。
こうした一連の業務が止まらずにつながって、初めてERP導入は成功したと言えます。
安川電機ほど製造業や自動化に精通した企業であっても、大規模な基幹システム移行では想定外の運用課題が発生しました。
ERP導入は、それほど難易度の高い経営プロジェクトなのです。
ERP導入前に第三者視点で確認することも重要
ERP導入では、システムベンダーやコンサルティング会社が中心となってプロジェクトを進めるケースが多くあります。
しかし、最終的に新しいERPを使って仕事をするのは発注企業の社員です。
そのため、本番稼働前には「システムとして完成しているか」だけではなく、「自社の現場で本当に業務が回るか」という観点から確認することが重要です。
特に、次のような状態になっている場合は注意が必要です。
- 本番稼働日が近いのに未解決課題が多い
- 現場から「このままでは使えない」という声が出ている
- テスト期間が当初計画より短くなっている
- 例外業務のテストが十分にできていない
- 本番稼働後の代替運用が決まっていない
- ベンダーと発注側の責任範囲が曖昧
- 稼働後に誰が現場を支援するか決まっていない
こうした場合、プロジェクト内部のメンバーだけで判断するのではなく、第三者の視点からテスト状況、課題管理、稼働判定、業務影響を確認する方法も有効です。
まとめ。安川電機のSAP S/4HANA移行から学ぶべきこと
安川電機は、YDXプロジェクトの重要テーマとして約3年間準備を進め、2026年のゴールデンウィークにS/4HANAへ基幹システムを移行しました。
システム自体はほぼ安定稼働したものの、新しい基幹システムに仕事を合わせる過程で、事前テストでは分からなかった運用上の課題が発生しました。
その結果、一部の生産ラインを停止して運用を見直し、第1四半期の生産稼働率は全体で75%弱となりました。
基幹システム移行による生産利益への影響は25億円となり、システムがスムーズに立ち上がっていれば、売上についても30億円程度の上積みが可能だったとの見方を示しています。
この事例から分かるのは、ERP導入で本当に難しいのはソフトウェアを導入することではないということです。
新しいERPの上で、会社の業務を止めることなく動かし続けることです。
ERPや基幹システムの刷新では、機能、データ移行、テストだけでなく、現場の業務変更、生産性低下、代替運用、稼働後支援まで含めて考える必要があります。
そして、「システムが正常に動いているから問題ない」という判断ではなく、「現場の業務が正常に回っているか」を確認することが重要です。
安川電機の事例は、これからSAP S/4HANA移行や製造業DXを進める日本企業にとって、非常に重要な教訓の一つと言えるでしょう。
お困りではありませんか?
関連記事
- ERPとは?意味・機能・導入メリットをわかりやすく解説
- グリコERP失敗はなぜ起きたのか。江崎グリコの基幹システム障害から学ぶSAP S/4HANA導入リスク
- 関西ペイントERPトラブルの理由を考察!基幹システム刷新のリスク
- ERP導入失敗はなぜ起きるのか。レブロンのSAP S/4HANA導入トラブルから学ぶ買収後システム統合のリスク
