SAP ECCの保守終了を控え、S/4HANAへの移行とあわせて「Fit to Standard」を掲げるERP刷新プロジェクトが、製造業を中心に相次いでいます。一方で、実行段階に入ってから現場の理解が得られず、思うように進まなくなるケースも少なくありません。
そこで私たちAscendは、Fit to Standardを完遂した大手製造業3社(重工業・化学・電機)の実務責任者にインタビューを行い、ERP導入の現場で何が起き、どう乗り越えたのかを整理しました。結論からお伝えすると、成否を分けるのは現場説得の巧拙ではありません。トップの意思決定や判定軸の設計、カットオーバー後の体制といった「発注側の準備」です。
ERP導入で現場の反発が大きくなる理由
ERPはもともと「経営資源計画」であり、経営層がデータを迅速かつ正確に把握するための基盤です。長年の要望に応えて磨き込まれた既存システムから標準パッケージへ移れば、現場目線で不便に感じる場面が増えるのは自然なことです。これは特定の企業に限った話ではありません。
実際、3社でも現場の反応はそれぞれ異なる形で表れました。化学メーカーでは、20年以上標準原価で運用してきた経理部門が実際原価への移行に不安を示しました。受発注入力を担うスタッフからは新しいUIが重いという声が上がり、旧GUIとの並行利用を決めています。

電機メーカーでは、工場ごとに構築された数百規模のローカルシステムが基幹データを直接参照していたことが、プロジェクトの途中で判明しました。重工業メーカーの方がかつてスタートアップに在籍していた際には、工場のオフィス勤務者がデータ入力を止めたことで在庫データが崩れ、出荷可否にまで影響が及んだといいます。
形は違っても、いずれも計画段階では見えにくく、実行段階で表面化した点が共通しています。そして3氏が口をそろえたのが「Fit to Standardはボトムアップでは進まない」という指摘でした。現場の細かな作業がすべて要望として上がれば、標準化は進みません。「話を聞いてもらえた=反映してもらえる」という期待が生まれ、採用されなかった際の不満にもつながります。
現場要望に応え続けてきた既存システムと機能を比べれば、標準パッケージに分はありません。だからこそ、議論の土俵を「機能の使いやすさ」から別の場所へ移す必要があるのです。
ERP導入を乗り越えた3社に共通する3つの打ち手
では、土俵をどこへ移せばよいのでしょうか。3社の取り組みからは、次の3つの打ち手が見えてきました。
トップが事業戦略とERPを結びつける
1つ目は、ERPを事業戦略の実現手段に位置づけることです。重工業メーカーでは当初、「グローバル標準に乗れば良いことがある」という一般論では経営層の理解が得にくかったといいます。転機は、大型受注に伴う納期遅延を機に、拠点ごとに在庫の定義すら異なる実態に経営が気づいたことでした。
そこで「後補充生産から計画生産への転換」という事業戦略を掲げ、ERPをその実現手段とする「ビジネス改革プロジェクト」として旗印化しています。電機メーカーは主力製品の開発部門トップを責任者に据え、事業側責任者自身がFit to Standardの遵守をKPIとして持つ体制を築きました。化学メーカーは社長が継続的に方針を発信し、全部長から協力の誓約書を取り付けることで、大きな反対が出にくい環境を先につくっています。
手法は異なりますが、3社とも議論の土俵を「現場の使い勝手」から「経営と事業の目標」へ移しています。トップは社長が理想ですが、大企業なら投資判断の権限を持つ事業本部長クラスでも十分だそうです。

アドオン判定の「軸」と「場」を先に決める
2つ目は、アドオンを認めるかどうかの判断基準と、判断の場を先に決めておくことです。電機メーカーは「競争優位の源泉になるか否か」を軸に据えました。「ないと回らない」とされた要望も一件ずつ議論して標準に寄せた結果、標準適合率は約85%に達しています。重工業メーカーは「2時間止まっても問題ないか、30分で顧客影響が出るか」という復旧時間で線を引き、影響の大きい業務だけ既存システムを活かしました。
化学メーカーは要件定義後に「アドオン判定会議」を複数回設けてハードルを意図的に高め、従来アドオンで対応していた領域をSaaSやサイドバイサイド開発で代替しています。軸は三者三様でも、定量指標に頼らず、一件ずつ議論できる明確な基準と場を持っていた点が共通しています。
キーマンを取り込み、要件定義前に違いを体験してもらう
3つ目は、「あの人が言うなら」と周囲が納得する人物を味方につけ、早い段階で新しい業務を体験してもらうことです。重工業メーカーは、現場から信頼されるリーダーと、入力タイミングの必要性を論理的に説明できる人を組み合わせた3〜4名に、現場への説明を任せました。
化学メーカーは業務領域ごとにビジネスプロセスオーナーを置き、電機メーカーは約200名の「DXドライバー」を募っています。一般的な進め方では、UATで初めて新システムに触れた現場から「聞いていない」「想定と違う」という声が上がり、手戻りが大きくなりがちです。
これに対し化学メーカーは、要件定義前に標準機能のデモ(CRP)を重ね、現行業務との違いを早くから体験してもらっていました。重工業メーカーでは、こだわりを手放してもらうまでに約3か月を要したといいます。理屈より体験の積み重ねが現場を動かすことがわかります。

ERP導入で社内だけでは埋めにくい2つの空白
ここまでの打ち手は、各社が自力でたどり着いたものです。一方、インタビューからは社内だけでは埋めにくい領域も見えてきました。
1つ目はカットオーバー後です。一般的なプロジェクトでは、短期のハイパーケアを終えると契約の区切りでベンダーが撤退し、チームも解散します。そのため、稼働後を担う主体が不在になりがちです。重工業メーカーでは、製造や調達が遅れた際に誰が生産計画を変更するのかという意思決定の設計が十分でなく、現在は担当者が工場を回って現場の声を拾っているそうです。
業務フローが機能するには、マインド変革に加え、イレギュラー時の意思決定を含む組織デザインまで揃っている必要があります。稼働後の「トランジションフェーズ」を、最初から計画と予算に組み込んでおくことが欠かせません。
2つ目は発注側の知見です。重工業・化学メーカーの両氏からは、2つの論点が挙がりました。要件を言語化できる人材が限られ、追加開発が重なりやすいこと。そして、新規導入型で進めたために、テクニカルアップグレードに近い方式との比較が行われなかったことです。仮の試算では前者が5年・数百億円規模、後者は2年・その1割程度で、差額を別の用途に振り向ける選択肢もあり得たといいます。いずれも、発注側に「SIerと対等に議論し、選択肢を示せる人材」がいれば避けられた可能性が高い論点です。

まとめ ERP導入の成否は「発注側の準備」で決まる
ERP導入における現場の反発は、「起きるかどうか」ではなく「いつ・どの形で起きるか」の問題です。乗り越えた企業は、事業戦略とERPを結びつけ、アドオン判定の軸を示し、キーマンを早期に取り込んでいました。そのうえで最後の分かれ目となるのが、カットオーバー後の体制と、発注側の判断力です。
Ascendは、提言で終わるアドバイザリーでもベンダーでもありません。IT/DX部門の一員として、要件定義前からカットオーバー後まで実務を担う「社員代替」の伴走支援を提供しています。0.5人月から、大手コンサルティングファームの6〜7割程度の費用でご利用いただけます。
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