「DX推進担当者に任命されたものの、誰にも相談できず孤軍奮闘している」——こうした声は、業種や企業規模を問わず多くの職場で聞かれるようになりました。DX推進は経営の最重要課題として掲げられる一方で、実際にその旗を振る担当者は驚くほど孤立しやすい立場に置かれています。

経営会議では華々しく取り上げられるDX戦略も、いざ現場に落とし込む段階になると、担当者一人に多くの実務がのしかかるという構図は少なくありません。相談相手も、判断を仰げる上司も不在のまま、社内調整・システム選定・現場説明までを一人で背負い込むケースも見られます。

本記事では、各種調査データをもとに、DX担当者が孤立してしまう構造的な背景を紐解き、企業が取るべき対策について解説します。

DX推進部門が生まれた経緯そのものに孤立の芽がある

DX推進部門の多くは、2000年前後を境に情報システム部門や経営企画室からの「スピンアウト」という形で新設されてきました。既存部署の枠組みにとどまらず、DXやテクノロジーを活用した取り組みを既存業務の制約を受けずに加速させたいというニーズが背景にあります。

DX推進部が生まれた背景

しかし、この生まれ方自体に落とし穴があります。IT部門や業務部門が経営層の指揮のもとで組織的に機能し、複数のメンバーで業務を分担できるのに対し、DX推進部門は既存の指揮系統から切り離された「独立部隊」としてスタートするケースが多いのです。

既存組織からの「派生」として生まれた部署であるがゆえに、独立した専門部署として最初から確立されてきたわけではなく、組織図上の位置づけも曖昧になりがちです。結果として、他部署との横のつながりが薄いまま業務を進めざるを得ず、後の孤立を生む土壌になっています。

DX推進に必要な5つの人材類型と深刻な不足

ビジネスアーキテクトが最も不足している

DX推進人材は、一般的に次の5類型に分類されます。

  • ビジネスアーキテクト:DXの取り組み(新規事業開発/既存事業の高度化/社内業務の効率化)において、目的設定から導入、導入後の効果検証までを関係者をコーディネートしながら一気通貫で推進する人材
  • デザイナー:ビジネスの視点や顧客・ユーザーの視点を総合的にとらえ、製品・サービスの方針や開発プロセスを策定する人材
  • データサイエンティスト:データを活用した業務変革や新規ビジネスの実現に向けて、データの収集・解析の仕組みを設計・運用する人材
  • ソフトウェアエンジニア:デジタル技術を活用した製品・サービスを提供するためのシステムやソフトウェアの設計・実装・運用を担う人材
  • サイバーセキュリティ人材:業務プロセスを支えるデジタル環境におけるセキュリティリスクの影響を抑制する対策を担う人材

独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)の調査によれば、最も不足していると回答された人材類型はビジネスアーキテクトで、その割合は41.9%にのぼります。この人材類型は「量の確保」についても、「大幅に不足している」という回答が49.6%と5類型の中で突出して高く、深刻な担い手不足に直面していることがわかります。企画から実行までを横断的に見渡せる人材ほど、社内に存在しないという実態が浮き彫りになっています。

不足しているDX人材の種類

人材不足がDXに取り組めない最大の理由

企業がDXに取り組めない理由を尋ねた調査では、企業規模を問わず「DXの戦略立案や統括を行う人材が不足している」「DXを現場で推進、実行する人材が不足している」という回答が上位を占めました。特に101人以上300人以下の企業では戦略立案・統括人材の不足が69.2%、現場推進人材の不足も65.4%に達しており、中堅企業ほど人材不足が顕著という傾向も見て取れます。

一方で、「DXに取り組むための予算が不足している」という回答は3割前後にとどまり、「ITシステムのレガシー刷新が困難」という回答はさらに低い水準でした。つまり、DXが進まない根本原因は予算でもシステムの老朽化でもなく、「戦略を描き、現場を動かせる人」の不在にあるといえます。

DX人材育成の課題ー「時間が確保できない」

社内育成に頼らざるを得ない現実

DX人材の獲得・確保方法として最も多く選ばれているのは「社内人材の育成」(59.1%)です。次いで「経験者・外部採用」(45.0%)、「既存人材の活用」(43.9%)、「社外の専門家との契約」(31.8%)と続きますが、外部からの即戦力採用よりも、社内での育成に重心が置かれているのが実態です。

DXの成果が出ている企業ほど、社内育成に取り組む割合が高いと同時に、外部専門家や経験者採用の活用にも積極的である傾向も確認されています。

DX人材の獲得方法

なぜ育成がうまくいかないのか

ところが、育成には大きな壁があります。DX人材の育成課題として最も多く挙げられているのが「時間確保のための支援(現業のリソース調整など)」で、43.5%の企業がこれを課題として認識しています。「スキル向上・獲得へのマインドシフト」(48.3%)に次ぐ高さであり、単なる意識やスキルの問題ではなく、物理的なリソース配分の問題であることを示しています。

この数字の裏には、DX推進担当者の多くが情報システム部門をはじめとする既存業務に「プラス」する形でDX推進業務を担わされているという実態があります。育成の仕組みやガイドをどれだけ整備しても、本人が既存業務に追われている限り、スキル向上に充てる時間そのものが生まれません。人材投資を重視する企業文化があっても、実務の兼任構造が変わらない限り、育成施策は形骸化してしまうのです。

DX担当者が孤立を生む本質的な構造ー兼任という落とし穴

これまで見てきたデータを整理すると、DX推進担当者が直面する課題は次のように層をなしていることがわかります。

  1. 戦略・実行を担う人材の不足:社会全体・業界全体でDXを推進する人材そのものが不足している
  2. 「ビジネスアーキテクト」人材の不在:数ある人材類型の中でも、企画から実行までを一気通貫で担う人材が特に不足している
  3. 兼任による業務過多:人材不足を補うため、既存社員が本来業務とDX推進を兼任する形でアサインされ、業務が過多になっている
  4. 推進方法・ノウハウの欠如:DXの進め方や他社事例といった実務知識・ノウハウが不足し、前に進めない
  5. 既存業務との兼任構造による時間不足:育成の仕組みを整えても、既存業務との兼任構造そのものが時間というリソースを奪い、担当者を孤立させる
DX推進担当者が直面する課題

この5層構造の中でも、特に注目すべきは3番目と5番目の「兼任」です。人材不足を補うために既存社員へ業務を上乗せする対応が、結果として担当者を疲弊させ、周囲から孤立させる本質的な要因になっているのです。時間確保という一見シンプルな課題の裏には、この兼任という構造的な問題が横たわっており、単発の研修やツール導入だけでは解決しません。

孤立を防ぐために企業ができること

「人材を貸す」だけでは解決しない

多くの企業は、外部コンサルタントへの相談や研修受講といった形でDX人材不足を補おうとします。しかし、外部から助言を提供するだけの支援モデルでは、担当者の兼任構造そのものは変わりません。むしろ提言や成果物を受け取る側の負担が増え、「もう一つのタスク」が増えるだけになりかねないのです。

内側から構造そのものに手を入れる支援が求められる

本質的な解決には、外部から見守るのではなく、社内の一員として構造の内側から動く支援が有効です。具体的には、次のような役割を外部専門人材が肩代わりすることが考えられます。

  • 社内事情を踏まえた部門間調整やキーパーソンとの折衝
  • 予算申請に向けた上申資料の作成サポート
  • 部門間で意思決定が必要な場面での関係者招集や日程調整、議論の準備

これらは、担当者が一人で抱え込みがちな「調整業務」そのものです。専門知識を持つ人材が同じ社員であるかのような立場・目線に立ってこれらを担うことで、担当者の実務負荷を実質的に軽減し、孤立を防ぐことができます。

まとめーDX担当者の孤立を防ぐために

DX推進担当者の孤立は、個人の能力や努力不足によって起きているのではありません。組織のスピンアウト的な成り立ち、ビジネスアーキテクト人材の絶対的な不足、そして人材不足を補うための兼任構造——これらが層のように積み重なった、構造的な問題です。

したがって解決策も、単発の研修や外部コンサルへの相談にとどまらず、構造そのものに手を入れる継続的な支援が必要になります。自社のDX推進体制を見直す際は、「誰が孤立しているか」ではなく「なぜ孤立が生まれる構造になっているか」という視点から課題を捉え直すことが、解決への第一歩になるはずです。