AIアカウントが新たな攻撃対象に?企業DX担当者が注意すべき「セッショントークン窃取」
ChatGPT、Claude、Gemini、Cursorなど、生成AIを業務へ導入する企業が急速に増えています。
一方で、AIサービスの普及とともに、AIアカウントそのものが新たな攻撃対象になり始めています。
ここで企業のDX担当者が注意したいのは、「パスワードを複雑にする」「多要素認証(MFA)を設定する」だけでは十分とは限らないことです。
米国のID管理大手Oktaは、インフォスティーラーによって盗み出された認証情報が地下市場で売買されている実態について調査しています。
そこで狙われているのはID・パスワードだけではありません。
ブラウザに保存された「セッショントークン」やAIサービスの「APIキー」も、攻撃者にとって価値のある情報になっています。
参考: Okta「Inside the underground market for AI access」
なぜChatGPTなどAIアカウントはパスワードだけ守っても不十分なのか
セッショントークンとは、簡単にいえば「この利用者はすでにログイン認証を済ませている」ことを示すデジタル上の通行証です。
私たちがChatGPTやクラウドサービスを開くたびに、毎回パスワードやMFAを要求されないのは、このセッション情報が一定期間ブラウザなどに保持されているためです。
しかし、端末がインフォスティーラーなどのマルウェアに感染し、この情報が盗まれた場合、攻撃者がログイン済み状態を再現できる可能性があります。
場合によっては、通常のログイン画面を経由しないため、パスワードやMFAだけでは十分に防げないケースもあります。
つまりAI時代のセキュリティでは、
「パスワードを盗ませない」だけではなく、「ログイン済みの状態を盗ませない」対策まで必要になる
ということです。
Okta調査では5,871台の感染端末からAI・クラウド認証情報を確認
Oktaの脅威インテリジェンスチームは、公開された約7GBのインフォスティーラー関連データを分析し、162カ国・5,871台の感染端末に関係するログを確認したとしています。
その中にはGoogle、Microsoft、Anthropic、Amazon、Notion、Cursorなど、企業で日常的に利用されるクラウド・AI関連サービスの認証情報も含まれていました。
重要なのは、AIサービスそのものが直接ハッキングされたという話ではないことです。
利用者側のPCがマルウェアに感染し、その端末から複数サービスの認証情報がまとめて盗まれる可能性があるという点が、企業にとって大きなリスクです。
AIアカウント乗っ取りは情報漏えいだけでなく高額請求にもつながる
AIアカウントやAPIキーが狙われる理由の一つは、そこに直接的な金銭価値があるためです。
特にAPIキーが盗まれた場合、攻撃者が企業の契約枠を利用して大量のAI処理を実行する可能性があります。
OpenAIも、APIキーが漏えいした場合には、予期しない利用や請求、利用枠の消費、サービスへの影響につながる可能性があるとして、安全な管理を推奨しています。
参考: OpenAI「アカウントを安全に保つにはどうすればよいですか?」
参考: OpenAI「APIキーの安全性に関するベストプラクティス」
日経225企業でも168社から重要な認証情報の流通を確認
この問題は海外企業だけの話ではありません。
ジョーシスが日経225構成企業を対象に実施した調査では、225社のうち168社で、認証基盤、セキュリティ関連、顧客管理など重要なサービスに関連する認証情報の流通が確認されたとしています。
ただし、この168社という数字は「AIアカウントだけが流出した企業数」ではありません。
企業に関連する認証情報全般を対象とした調査であり、すでに無効化された情報などが含まれる可能性もあります。
それでも、大企業であっても、従業員端末やSaaSアカウントから認証情報が外部へ流通するリスクを完全には排除できないことを示す調査として参考になります。
参考: ジョーシス「日経225企業を対象とした情報漏えい調査」
自社のAIアカウントは対象?認証情報流出をどう調べればいいのか
「自社のChatGPTやAIアカウントも流出しているのではないか」と不安になるDX担当者もいるでしょう。
まず確認したいのは、以下のような兆候です。
- 身に覚えのないログイン履歴がある
- 知らない端末からセッションが作成されている
- 通常とは異なる地域からアクセスされている
- AIサービスの利用量が突然増加している
- 身に覚えのないAPI利用や課金がある
- APIキーがGitHubや社内資料などに記載されている
- 業務PCに不審なブラウザ拡張機能やソフトウェアが入っている
疑わしい場合には、対象AIサービスだけを見るのではなく、同じ端末で利用していたMicrosoft 365、Google Workspace、AWS、Salesforceなどの認証情報も確認することが重要です。
AIアカウント流出ではどんな情報が盗まれる可能性があるのか
実際に何が閲覧可能になるかは、サービスや与えられている権限によって異なります。
企業利用では特に、
- AIとの過去の会話
- アップロードした社内資料
- 顧客情報
- 社内ナレッジ
- APIキー
- 利用履歴
- 接続している外部サービス
などがリスク対象になり得ます。
今後AIエージェントが普及し、CRM、会計、ERP、社内ファイルなどへAIがアクセスできるようになると、「AIアカウントを奪われる」という意味そのものが、現在よりはるかに大きくなる可能性があります。
AIアカウント乗っ取りで補償はある?一律の補償制度はない
今回取り上げているのは、特定の一社による大規模情報漏えい事故ではなく、利用者端末から認証情報が盗まれる脅威です。
そのため、被害者全員を対象とした一律の補償制度が存在するわけではありません。
不正利用や高額請求が発生した場合には、利用しているAIサービスのサポートへ速やかに連絡し、APIキーの停止、セッションの無効化、パスワード変更などを行う必要があります。
法人利用の場合は、自社のサイバー保険や契約しているセキュリティサービスの補償範囲についても事前に確認しておくとよいでしょう。
企業DX担当者がAI導入時に確認すべき7つのセキュリティ対策
1.ChatGPTなどAIアカウントを従業員個人任せにしない
個人メールアドレスでChatGPTやClaudeなどへ登録し、各自が自由に利用する状態では、退職・異動・端末紛失時の統制が難しくなります。
可能であれば法人契約、SSO、組織管理機能を活用し、「誰が、どのAIサービスを、どの権限で利用しているのか」を把握することが重要です。
2.AI利用端末そのものをセキュリティ管理する
AIサービス側のセキュリティだけではなく、利用するPCやブラウザも守る必要があります。
- EDR・アンチマルウェア
- OSやブラウザの更新
- 私物PCからの業務AI利用制限
- 不審なソフトウェアのインストール制限
- 端末管理(MDM)
といった対策が重要になります。
3.セッショントークンが盗まれる前提で異常アクセスを監視する
MFAを導入しただけで安心せず、異常な地域・端末・時間帯からのアクセスなどを検知できる仕組みを整えます。
不審なアクセスがあった場合には、速やかにセッションを無効化できる運用も必要です。
4.AIのAPIキーをソースコードやPC内に放置しない
自社でAIサービスを開発する場合、特に注意したいのがAPIキーです。
APIキーをアプリケーションへ直接埋め込まず、秘密情報管理サービスを利用し、用途別にキーを分け、定期的にローテーションすることが重要です。
「一つのAPIキーが漏れたら社内のAI環境をすべて利用できる」という状態は避けるべきです。
5.生成AIへ入力できる個人情報・機密情報を明確にする
AI導入で見落とされやすいのが、「何をAIへ入力してよいのか」というルールです。
顧客情報、従業員情報、契約書、未公開製品情報、ソースコードなどについて、
- 入力可能
- 匿名化すれば入力可能
- 入力禁止
をあらかじめ定義しておく必要があります。
今後、企業が自社AIサービスを開発する場合は、 「AIを作ること」と「個人情報をどう守るか」を別々のプロジェクトにしない ことが重要です。
AI導入前の業務整理については、こちらの記事でも解説しています。
6.退職・異動時にAIアカウントと権限を確実に削除する
AIサービスが増えるほど、会社が把握していない「シャドーAI」も増えやすくなります。
定期的に利用サービス、ユーザー、APIキー、AIエージェントなどを棚卸しし、不要なアクセス権限を削除する必要があります。
7.AI利用量・課金額の急増もセキュリティ監視対象にする
生成AIでは、利用量の異常が攻撃の兆候になる場合があります。
たとえば、
「今月だけAPI利用額が突然10倍になった」
という変化は、単なるコスト管理上の問題ではなく、APIキーやアカウントが第三者に利用されている可能性も考えるべきです。
DX推進とセキュリティ対策を
別々に考えていませんか?
生成AI、クラウド、SaaSの利用が進むほど、ID・権限・APIキー・認証情報の管理は重要になります。AI導入を急ぐだけでなく、利用端末、アクセス管理、個人情報、インシデント対応まで含めたDX推進について、現状の課題整理からご相談いただけます。
無料相談するAIセキュリティコンサルには何を依頼すべきか
「AIのセキュリティが不安だから、とりあえずコンサル会社へ相談する」だけでは十分ではありません。
セキュリティコンサルへ依頼するのであれば、少なくとも次の範囲を対象にすることをおすすめします。
- 社内で利用中の生成AI・SaaSの棚卸し
- SSO・MFA・権限管理の設計
- 会社PC・BYOD・ブラウザのセキュリティ
- APIキー・サービスアカウント管理
- AIへ入力可能な情報の分類
- 個人情報・機密情報の取り扱いルール
- AIサービスと他システムのデータ連携確認
- アカウント乗っ取りを想定したインシデント訓練
- 利用量・課金額・異常アクセスの監視設計
特に重要なのは、セキュリティ製品の導入だけを提案してもらうのではなく、 「AIを使って実際にどんな業務を行うのか」まで理解したうえで対策を設計してもらうこと です。
DX部門、情報システム部門、セキュリティ部門、法務、現場部門を横断してルールを作れる支援先を選ぶことが重要になります。
もしChatGPTなどAIアカウント乗っ取りが疑われたらどう対応する?
身に覚えのないログイン、セッション、API利用などが見つかった場合には、速やかな対応が必要です。
- パスワードを変更する
- アクティブなセッションを無効化する
- 漏えいの疑いがあるAPIキーを削除・再発行する
- 身に覚えのない利用履歴や請求を確認する
- 同じ端末で利用していた他サービスも確認する
- 業務PCにマルウェアが存在しないか調査する
OpenAIでは、アカウントからすべてのデバイスをログアウトさせる方法も案内しています。
AI導入では便利さより先に個人情報・認証情報の設計を
今後、企業では生成AIを利用するだけではなく、自社サービスへAIを組み込むケースがさらに増えていくでしょう。
顧客対応AI、社内ナレッジ検索、AIエージェント、営業支援、会計・経理支援など、AIは多くの業務システムと接続されていきます。
そのときAIがアクセスするのは、単なる文章だけではありません。
- 顧客情報
- 従業員情報
- 売上・財務情報
- 契約書
- 社内ファイル
- 業務システム
など、企業の重要情報そのものです。
AIにできることが増えるほど、「AIアカウントを奪われた場合に何ができてしまうのか」も同時に考える必要があります。
AI導入のゴールは「ChatGPTを全社員に配ること」でも「最新AIを利用すること」でもありません。
安全に使い続けられる業務設計まで作って、初めてAI導入が完了する と考えることが重要です。
まとめ|企業DX担当者はAIアカウントを新たな「重要システム」として管理する
生成AIの普及によって、AIアカウントやAPIキーそのものに経済的価値が生まれています。
さらに今後、AIが社内システムやデータへ直接アクセスするAIエージェントが普及すれば、AIアカウントに与えられる権限はさらに大きくなるでしょう。
だからこそ企業DX担当者は、
「AIを導入する」ことと同時に、「AIへ誰が、どこから、どの権限でアクセスできるのか」を設計する必要があります。
これからのAIセキュリティでは、パスワードだけではなく、 端末、セッション、APIキー、ID、個人情報、データ、アクセス権限 まで一体として管理することが求められます。
