ERPシステムの刷新を検討する際、多くの企業が「Fit to Standard」という言葉に出会います。「作るから使うへ」というスローガンとともに語られるこの手法は、DX推進の文脈で急速に注目を集めています。しかし、この考え方は本当にすべての企業にとっての正解なのでしょうか。本記事ではFit to Standardの本質と限界、そして企業が取るべき現実的なアプローチを整理します。

ERP導入担当者が必ず直面する悩み

ERP導入における最大の論点は、SAPなどの標準パッケージを使い倒すか、現行システムの仕様を踏襲するかという二者択一です。現行システムは各社の業務オペレーションに合わせて大きくカスタマイズ・アドオンされているケースが多く、多大なリソースをかけて構築してきた現行仕様を標準に寄せるべきか、現場に蓄積されたナレッジを踏襲すべきか、多くの企業がこの判断に悩んでいる状況です。

多大なリソースと手間暇をかけて作った現行システムを標準に寄せるのか、それとも現場レベルで培われたナレッジが蓄積された仕組みを踏襲するのか。この判断は経営・情シス部門と現場、双方の立場や利害が絡み合うため、単純な二者択一では片付きません。まさにERP導入における「答えのない永遠の課題」だといえるでしょう。

ERP導入担当者が必ず直面する悩み

Fit to Standardとは何か

Fit to Standardとは、ERPシステムに原則として手を加えず、パッケージの標準機能を前提に導入を進める考え方です。カスタマイズやアドオン開発を極力行わないため、低コストかつ短期間での導入が可能になるとされています。

標準機能でカバーできない業務領域については外部のクラウドサービスと組み合わせて補完し、業務のやり方を変えれば標準機能で対応できる領域については、あえてシステムではなく業務側を変える発想を取ります。特にSaaS型ERPであれば本体のアップデートが自動的に反映され続けるため、常に最新の環境を維持できる点も利点です。

「Fit to Standard」とは?

従来主流だった「Fit & Gap」との違い

従来のERP導入は、自社の業務要件を起点に標準機能で足りない部分をアドオン開発で補いながらシステムを自社仕様に合わせていく「Fit & Gap」型が主流でした。業務との整合性を高められる利点がある一方、アドオン開発には相応のコストと期間がかかり、ERP本体のアップデート時に互換性が保てなくなるリスクを抱えます。

さらに標準機能の中に「結局使われない機能」が生じるケースも少なくなく、無駄を排除しようとゼロから作り込んだ結果、開発コストが数千万円規模に膨れ上がることもあります。Fit to Standardは、こうしたFit & Gap型の課題へのアンチテーゼとして登場した考え方です。

「Fit & Gap」とは?

企業における認知・浸透状況は限定的

概念としては合理的に見えるFit to Standardですが、実際の企業現場での浸透度はどうでしょうか。infomartの調査によれば、内容をよく理解し自社でも検討・導入していると回答した企業は23.3%にとどまり、概要を理解している層と合わせても41.4%と半数に満たない結果でした。一方で43.9%の企業が「全く知らなかった」と回答しており、認知自体がまだ限定的であることがうかがえます。

導入・検討状況を見ると、積極的に取り入れている企業は13.6%、部分的に取り入れている企業を合わせても30.0%にとどまります。検討したことがないという企業が25.0%、わからないと回答した企業も26.4%に上ることから、Fit to Standardは概念として広まりつつあるものの、実際の導入判断に落とし込めている企業はまだ少数派だというのが実態です。

なぜ「標準化かカスタマイズか」で対立が起きるのか

Fit to Standardの導入が進みにくい背景には、社内の立場ごとの温度差があります。情報システム部門や経営層はコストや導入スピードの観点から標準化を志向する一方、現場は業務変化への不安からカスタマイズ、つまり現行仕様の踏襲を志向しやすいという構図です。

経営層・情シス部門が標準化を志向する理由

標準機能をそのまま使うことで、アドオン開発や独自カスタマイズにかかる費用を最小限に抑えられます。カスタマイズ範囲が小さいほどベンダー発注費用や外部人材の稼働コストも下がり、トータルの導入価格を圧縮できます。要件定義や開発・テストの工数も減るため導入期間が短縮され、投資回収までのスピードも早まります。

現場がカスタマイズを志向する理由

一方、工場勤務者や伝票を見ながら業務を行うバックオフィス系のスタッフにとっては、今までの業務が大きく変わることへの恐れや不安が根強くあります。長年習熟してきた業務フローや操作手順が一新されることで、生産性の一時的な低下やミスの増加への懸念が生じます。また、現場で蓄積された独自のノウハウやローカルルールが標準機能では再現できず、失われることへの抵抗感も強いのが実情です。

双方の立場にはそれぞれ合理性があり、「標準化かカスタマイズか」という二項対立に絶対的な正解はありません。経営層と現場双方の視点を踏まえた落としどころを見つける姿勢が求められます。

「標準化」と「カスタマイズ」、対立の構図

対立を乗り越えるための「外部人材」という選択肢

この「標準化 vs カスタマイズ」という社内対立を解消する上で有効なのが、外部人材による支援です。外部人材は大きく二つの価値を提供できます。

一つは他社比較による知見の提供です。同じ規模感・同じ業界・同じ業種の他社が、どのプロセスをカスタマイズし、どこを標準としているかという知見を提示できるため、発注企業と一緒に落としどころを探すことができます。もう一つは社内対立の橋渡し役としての機能です。

経営層側の立場から現場を説得する一方で、現場からの意見を経営層に伝えるという双方向の役割を担います。外部の第三者だからこそ、利害関係にとらわれず間に入って着地点を見出せるのです。

外部人材が支援するメリット

標準化を成功させる鍵は「チェンジマネジメント」

標準化の是非を議論する以前に見落とされがちなのが、変革そのものへの心理的抵抗をどう乗り越えるかという視点です。ここで重要になるのが「チェンジマネジメント」です。これは、新しいシステム導入や業務プロセス変更といった変革を行う際、それに伴う従業員の混乱や心理的抵抗を最小限に抑え、スムーズに新しい状態へ適応させるためのマネジメント手法を指します。

組織改革の多くは「仕組み」を変えるだけでは失敗し、現場の「人」の意識と行動の変容が不可欠だという考え方に基づいています。チェンジマネジメントが対象とするテーマは、業務そのものを変えること、システムの動かし方という操作面を変えること、そして企業風土・文化を変えることの三つに整理できます。人は誰しも変化を嫌い、これまでの仕事のスタイルや人間関係といった安定を求める傾向があるからこそ、こうした変革に向き合う企業の努力に伴走する支援が求められます。

具体的には、現行とTo-Beの業務差分をプロセスフロー図で可視化し、業務プロセスごとの変更理由やメリットを明記して現場の疑問に先回りして答えることが有効です。加えて、To-Beの画面操作を示した手順書の作成、説明会の開催やQA対応、実際の画面を用いたデモンストレーションといったハンズオンレクチャーも欠かせません。

さらに説明会後のフォローアップを継続的に実施し、現場からのフィードバックを収集して手順書やレクチャー内容を改善していく、地道なサポートの積み重ねが定着を左右します。こうした取り組みは多大な労力を要するため、自社内だけでの実施は難しく、外部の専門的な支援を活用する意義は大きいといえます。

可視化・レクチャー・伴走による現場支援

結論:Fit to Standardは目的ではなく手段

Fit to Standardは低コスト・短期間での導入を実現し得る有効な考え方ですが、それ自体を目的化すると現場の反発や定着の失敗を招きかねません。標準機能で対応できない業務領域を見極め、どこまでを外部アプリで補完し、どこまで業務側を変えるかという判断には、他社事例に基づく知見や、経営層と現場の橋渡し役が欠かせません。

そして仕様が固まった後も、業務変化の可視化とハンズオンレクチャー、地道なサポートを継続することが、変革を定着させる鍵となります。Fit to Standardを「正解」にできるかどうかは、手法そのものではなく、導入プロセス全体の丁寧さにかかっているといえるでしょう。